阪神ジュベナイルフィリーズ180
2011-10-04
阪神ジュベナイルフィリーズの前身のレースを遡っていくと、その始まりは1949年、関西の2歳(旧3歳)チャンピオンの決定戦、阪神3歳ステークスであります。
開設当初は1200mのコースで行われていましたが、1400m、1600mへと段階的に延長され、現在に至っています。
勝ち馬の名前を見ると、ミスオンワード、コダマ、タニノムーティエ、キタノカチドキ、テンポイント、サッカーボーイなど、現在も競馬ファンの間ではその名を知られる名馬たちがずらりと並んでいます。
レースの重要性の高さから、グレード制が導入された84年には、G?に格付けされています。しかし不思議なことに牝馬限定戦になるまでの間、勝ち馬の中で後のG?でも勝利を挙げられたのはサッカーボーイのみです。
名馬の登竜門としてt40年以上続いた伝統のレースでしたが、91年、牡馬と牝馬の2歳(旧3歳)チャンピオンを決定すべく、東西のレースで番組の見直しがありました。中山の朝日杯3歳ステークスは牡馬・せん馬限定に、阪神3歳ステークスは牝馬限定戦となり阪神3歳牝馬ステークスにその名を変えたのです。
そして2001年、馬齢表記を国際基準に合わせることによって、現在の阪神ジュベナイルフィリーズへと名称が変わりました。
牝馬限定戦の初代女王はあのニシノフラワーです。その後、同レースからは多くの名牝が生まれています。旧レース時代のように名馬の登竜門となるのは間違いないでしょう。
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